川口のクルド人問題は、単純に「クルド人という民族の問題」として捉えるべきではありません。 本質的には、難民申請、在留資格、仮放免、退去強制などの入管制度と、 その判断が長期化することで地域社会に負担が生じてきた問題として考える必要があります。
日本ではこれまで、難民申請の長期化や再申請、送還停止効、仮放免などが重なり、 在留資格がない状態でも長期間地域社会で生活するケースが生じてきました。 一方、その制度を管理するのは国ですが、実際の生活上の問題や住民対応を担うのは川口市などの自治体です。 保護すべき人、在留を認める人、退去すべき人を国が迅速に判断し、制度を最後まで機能させることが重要です。
こんにちは。行政書士の稲福です。
埼玉県川口市のクルド人をめぐる問題が、全国的に注目されるようになっています。SNSやニュースでは、「治安が悪化しているのではないか」「外国人の生活マナーに問題がある」「クルド人への差別が広がっている」「もっと厳しく取り締まるべきだ」など、さまざまな意見が飛び交っています。
実際、川口市も、一部の外国人による犯罪行為や危険走行、夜間の騒音、ごみの不法投棄、公園でのマナー違反などについて、市民から不安の声が寄せられていることを公表しています。
一方で、川口市には中国、ベトナム、ネパール、フィリピンなど多くの外国人が暮らしており、外国人住民全体の問題をクルド人だけの問題として捉えることも適切ではありません。2026年7月1日現在、川口市の外国人住民は5万6,524人で、トルコ国籍者は1,198人です。
では、なぜ川口でこれほど問題が複雑化したのでしょうか。私は、この問題を理解するうえで重要なのが、「クルド人」という民族だけを見るのではなく、日本の難民制度と入管制度を見ることだと考えています。
特に重要なのが、難民としては認められない、日本での在留資格もない、就労も原則できない、しかし、実際には地域社会で生活している、という状態が長期間生じてきたことです。
今回は、川口のクルド人問題について、「短期滞在」「難民申請」「仮放免」「送還」という制度の流れから、できるだけ分かりやすく整理してみたいと思います。
- 「短期滞在から難民申請」は違法なのか
- 難民申請をすると日本に滞在できるのか
- 難民制度の「濫用・誤用」とは何か
- 「仮放免」とはどのような制度なのか
- なぜ在留資格がない人が地域社会で生活しているのか
- 川口市が国に何を求めているのか
- 「クルド人=出稼ぎ目的」と単純に言えない理由
- 2024年の改正入管法で何が変わったのか
- 川口問題の本質をどこに見るべきなのか

- なぜ川口市にクルド人が多く、ここまで問題になっているのか
- まず「短期滞在から難民申請」は違法なのか
- 短期滞在から難民申請すると、その後どうなるのか
- では、難民申請をすれば日本に住み続けられるのか
- 難民申請を繰り返すと送還できない仕組みがあった
- 「仮放免」の前に知っておきたい入管収容と退去強制の仕組み
- では「仮放免」とは何なのか
- なぜ、そんな中間的な状態が生まれるのか
- 現在は「監理措置」という新しい制度も始まっている
- 難民申請をすれば日本に滞在し続けられるのか?「特例期間」との違い
- なぜ川口市が問題を抱えることになるのか
- 実際に川口市は国へ改善を求めている
- 川口市だけでは解決できない
- では「クルド人だから問題」なのか
- 「ほとんど出稼ぎ目的」とまでは言えるのか
- 2024年の改正入管法で何が変わったのか
- 難民審査そのものも速くなり始めている
- 問題は「外国人を受け入れるか、追い出すか」だけではない
- 川口のクルド人問題は「共生」だけでは解決できない
- 「クルド人問題」ではなく「入管制度の問題」として見る
- まとめ
なぜ川口市にクルド人が多く、ここまで問題になっているのか
制度について解説する前に、そもそも「なぜクルド人が川口市に多いのか」と疑問に思う方もいるでしょう。実は、川口市にクルド人が暮らし始めたのは最近のことではありません。
川口市や隣接する蕨市周辺では、1990年代頃からトルコ出身のクルド人が暮らすようになり、30年以上かけてコミュニティが形成されてきたとされています。初期に来日した人が川口周辺で仕事や生活基盤をつくり、そこを頼って親族や知人などが来日することで、次第に同じ地域へ人が集まっていきました。
外国人が海外で生活を始めるとき、「知り合いがいる」「仕事を紹介してもらえる」「住む場所を探しやすい」「母語で相談できる」という環境は非常に重要です。これはクルド人に限った話ではありません。外国人コミュニティが特定の地域に形成されると、そこを頼って新たな人が集まり、さらにコミュニティが大きくなるということは珍しくありません。
川口周辺の「建設・解体業」との結びつき
もう一つ大きいのが、仕事です。川口市を含む埼玉県南部は東京都心へのアクセスがよく、首都圏の建設・解体現場にも移動しやすい地域です。
早くから川口周辺に住んだクルド人の中には、建設、下水工事、解体などの仕事に従事する人がいました。その後、自ら解体業を営む人も現れ、同じコミュニティの人を雇うという流れも形成されていきました。Reutersも2016年の時点で、川口・蕨周辺のクルド人コミュニティと解体・建設業との強い結びつきを報じています。
川口市自身も、市内では製造業、建設・解体業、介護などで人手不足があり、外国人住民が地域産業を支えていると説明しています。
就業者の産業構造を見ても、 製造業は約3.6万人、医療・福祉は約2.9万人、建設業は約2.6万人 と、いずれも地域雇用を支える大きな産業です。
川口市自身も、こうした分野で様々な国籍の外国人住民が働くことが、 人手不足の解消や地域経済を支えることにつながると説明しています。
※介護事業は産業大分類では「医療・福祉」に含まれます。
※このグラフは外国人労働者だけの産業別人数ではなく、川口市に住む15歳以上就業者全体の産業構成を示したものです。
つまり、川口に先に住む人がいる→仕事がある→親族や知人を頼って新しい人が来る→さらにコミュニティが大きくなるという流れが、長い時間をかけて形成されてきたと考えると分かりやすいでしょう。
ただし「川口はクルド人だらけ」というわけではない
ここは数字でも確認しておく必要があります。川口市はもともと外国人住民が非常に多い自治体です。2026年7月1日現在、川口市の人口約61万人のうち、外国人住民は5万6,524人。外国人住民比率は9.26%に達しています。
その中で最も多いのは中国籍の2万8,971人で、次いでベトナム、ネパール、フィリピンなどとなっています。トルコ国籍者は1,198人で、国籍別では9番目です。しかも、この「1,198人」はあくまでトルコ国籍の住民数であり、「クルド人」という民族別の人数ではありません。
川口市の外国人住民は56,524人で、外国人住民比率は9.26%です。
国籍別では中国籍が最も多く、トルコ国籍者は1,198人で9番目です。
※注意:この「1,198人」はあくまでトルコ国籍者数であり、クルド人の人数ではありません。
日本の行政統計は原則として国籍別に集計されるため、「川口市にクルド人が正確に何人住んでいるか」は、公的統計だけから確定できません。
https://www.city.kawaguchi.lg.jp/soshiki/01060/020/4/45451.html
日本の行政統計は原則として国籍別に集計されるため、「川口市にクルド人が正確に何人住んでいるのか」を公的統計だけから確定することはできません。一方、川口・蕨周辺にクルド人コミュニティが集中していること自体は、長年の報道や支援団体の活動などから確認できます。
では、なぜ「川口のクルド人問題」が注目されたのか
クルド人が川口周辺で暮らし始めたのは30年以上前です。それなのに、全国的に「川口のクルド人問題」が知られるようになったのは比較的最近です。
大きな転機の一つが2023年でした。同年7月、クルド人同士のトラブルで負傷者が川口市内の医療機関に搬送され、その病院周辺に多数の関係者が集まり、混乱が生じました。その様子がSNSなどで急速に拡散され、川口のクルド人コミュニティが全国的に注目されるきっかけの一つとなりました。
埼玉新聞は、川口市で発生した一部外国人による交通トラブルや、 病院周辺に多数の人が集まった騒動などを取り上げています。 あわせて、市議会による犯罪・交通違反の取り締まり強化を求める意見書や、 仮放免者への日本の生活ルールの周知、多文化共生をめぐる課題についても 紹介しています。
▶ 埼玉新聞「川口市の一部外国人をめぐる問題」を読むさらに川口市には、一部の外国人について、夜間の騒音、ごみの不法投棄、公園でのマナー違反、不法改造車による危険走行、犯罪行為などについて、市民から不安の声が寄せられています。川口市自身も、こうしたトラブルの増加を公式に認めています。
つまり、地域住民が感じている不安や摩擦そのものを、「全部SNSのデマだから問題は存在しない」と片付けることも適切ではありません。実際に自治体が対応を求められている問題があります。
一方で、SNSによって問題が大きく見える側面もある
ただし、反対側も見ておく必要があります。2023年の病院周辺での騒動などがSNSで拡散されて以降、個別の事件や迷惑行為だけではなく、クルド人という民族全体を犯罪や治安悪化と結びつける投稿も急増しました。
難民支援協会は、事実と異なる情報や誇張された情報もSNS上で流通し、クルド人へのヘイトスピーチや嫌がらせにつながっていると指摘しています。
したがって、「川口では何も問題は起きていない」というのも違いますし、「クルド人が増えたから川口の治安が悪化した」と民族全体に原因を求めるのも単純すぎます。
実際には、長年にわたる特定地域への集住、建設・解体業を中心とした生活・就労ネットワーク、難民申請や仮放免などによる不安定な在留状態、一部の外国人による実際の犯罪・迷惑行為、行政の対応の難しさ、2023年以降の事件やSNSによる急速な拡散といった複数の要因が重なり、現在の「川口クルド問題」になっていると考えた方が実態に近いでしょう。
そして、ここで注目したいのが、その中に在留資格のない仮放免者が地域社会で長期間生活しているという問題が含まれていることです。川口市自身も、「在留資格のない仮放免者も多く暮らしている」としたうえで、その管理は本来国の責任であり、市だけで根本的な解決をすることには限界があると訴えています。
ここから先は、「クルド人」という民族の問題ではなく、日本の難民制度・入管制度がどのような仕組みになっているのかを見ていく必要があります。
まず「短期滞在から難民申請」は違法なのか
ここは、最初に整理しておく必要があります。例えば、トルコ国籍者が「短期滞在」で日本に入国し、その滞在中に難民認定申請をすること自体は違法ではありません。
「短期滞在」は、観光や親族訪問など、日本に短期間滞在することを想定した在留資格です。そのため、原則として日本で働くことはできません。
しかし、日本に入国した後に、「自国に戻れば迫害を受けるおそれがある」として難民認定を求めることまで禁止されているわけではありません。
難民制度は、人種、宗教、国籍、特定の社会的集団への所属、政治的意見などを理由として迫害を受けるおそれがある人を保護するための制度だからです。
短期滞在から難民申請すると、その後どうなるのか
例えば、短期滞在で日本に入国→日本国内で難民認定を申請→入管が本人から事情を聞き、提出された資料などをもとに審査→難民に該当するかどうかを判断という流れになります。ここで注意したいのは、難民申請をしただけで、自動的に新しい在留資格が与えられるわけではないということです。
現在は、難民認定申請や補完的保護対象者認定申請をして審査結果を待つ人について、一定の場合、「特定活動(難民認定等申請者用)」への在留資格変更許可申請を行う仕組みがあります。つまり、難民申請そのものと、審査中にどの在留資格で日本に滞在するのかは別の問題です。
したがって、短期滞在で入国した → 難民申請したという事実だけをもって、不正な制度利用だと判断することはできません。例えば、来日後に母国の政治情勢が変化した場合や、日本に来てから迫害のおそれを具体的に訴えることになった場合など、本当に保護を必要とするケースも考えられます。
本当に迫害を受けるおそれがある人であれば、当然、難民制度によって保護されるべきです。一方で、「短期滞在で来日して難民申請をすれば、そのまま自由に日本で働きながら暮らせる」という制度でもありません。難民として保護すべき人なのか、どのような在留上の扱いを認めるのかは、入管による審査を経て判断されます。
そして川口問題を考えるうえで重要なのは、この難民申請そのものよりも、難民として認められなかった後も、再申請や退去強制手続、仮放免などを通じて、日本での生活が長期化してきたケースがあることです。ここから、日本の難民制度と入管制度の問題が見えてきます。
では、難民申請をすれば日本に住み続けられるのか
ここが非常に誤解されやすいところです。先ほど説明したとおり、難民申請と在留資格は別の制度です。つまり、難民申請をした=日本に住む在留資格を取得したということではありません。
一方、日本では過去、正規の在留資格を持つ外国人が難民申請をした場合、一定期間が経過すると就労を認める運用などが行われていました。そのため、難民としての保護そのものではなく、日本で働くことや滞在を続けることを目的とした申請が問題となりました。出入国在留管理庁も2018年、真に保護を必要とする人を迅速に保護する一方、「濫用・誤用的な申請」を抑制する必要があるとして、難民認定制度の運用を見直しています。
出入国在留管理庁も2018年、濫用・誤用的な難民認定申請の急増により、真に庇護を必要とする人の迅速な保護に支障が生じているとして、難民認定制度の運用をさらに見直しました。真に保護を必要とする人を迅速に保護する一方、難民条約上の迫害事由に明らかに該当しない申立てなどについては、在留・就労を制限する方向で制度の適正化が進められました。
なお、この運用開始後、2018年上半期の難民認定申請者数は5,586人で、前年同期比2,975人、約35%減少しています。入管庁は同年8月に、この減少を「更なる見直し後の状況」として公表しています。
法務省は、真に庇護を必要とする難民を迅速かつ確実に保護する一方で、 難民認定制度の濫用・誤用的な申請を抑制するため、 難民認定手続の運用を見直しています。 難民申請と在留・就労をめぐる制度の考え方を確認するうえで重要な公式資料です。
▶ 「難民認定制度の適正化のための更なる運用の見直し」を見るここで大切なのは、「難民申請者はみんな偽装難民だ」という話ではありません。問題はむしろ、本当に保護すべき人と、そうではない人を、国が迅速に判断できる制度になっているのかということです。
難民申請を繰り返すと送還できない仕組みがあった
さらに、以前の制度には大きな問題がありました。改正前の入管法では、難民認定申請中は原則として送還が停止されていました。これは「送還停止効」と呼ばれる制度です。
なぜ、このような制度が必要だったのでしょうか。例えば、本当に政治的迫害を受ける人が難民申請をしている途中で、その国へ強制送還されてしまえば、命に危険が及ぶ可能性があります。
そのため、難民審査中の人を簡単に送り返さない仕組み自体には重要な意味があります。ところが一方で、難民不認定→再び難民申請→再び送還停止→再申請という形で申請が繰り返されると、退去強制令書が出ている人であっても、結果として長期間送還できないケースが生じます。
つまり、難民保護のために設けられた仕組みが、結果として長期滞在につながる場合があったということです。
出入国在留管理庁では、入管法改正の背景や考え方について、 難民認定制度、送還忌避問題、収容・仮放免制度などの観点から整理しています。 改正法では、補完的保護制度の創設に加え、 3回目以降の難民認定申請など一定の場合には、 難民申請中であっても送還停止の対象外となる仕組みが導入されています。
▶ 出入国在留管理庁「入管法改正案について」を見る「仮放免」の前に知っておきたい入管収容と退去強制の仕組み
川口問題を考えるうえで、重要なのが「仮放免」という制度です。ただ、仮放免を理解するためには、まずなぜ外国人が入管施設に収容されることがあるのかを知っておく必要があります。
例えば、外国人が日本に来た後、短期滞在などの在留期限が切れたまま日本に残っている、在留資格を失った、あるいは入管法上の退去強制の対象となった、といった場合には、「日本から退去してもらう必要があるか」を判断するための退去強制手続が行われます。
従来の制度では、その手続を進めるために「収容令書」が出されると、原則として地方出入国在留管理局などの入管施設に収容される仕組みになっていました。退去強制が決まり「退去強制令書」が発付された後も、実際に送還されるまで収容される場合があります。
例えば、分かりやすくすると、
来日から退去強制手続までの基本的な流れ
在留資格を失った外国人が、どのような流れで
退去強制手続の対象となるのかを簡単に整理します。
入管施設に収容された人について、健康状態や家族関係など一定の事情を考慮し、
収容だけを一時的に解除することがあります。
これが「仮放免」です。
仮放免になっても在留資格が与えられるわけではなく、
退去強制手続そのものがなくなるわけでもありません。
※上記は制度を一般向けに理解しやすく簡略化したイメージです。 個別のケースによって手続の流れは異なります。 また、2024年6月施行の改正入管法により「監理措置制度」が導入されており、 現在は退去強制手続の対象者が必ず入管施設に収容されるわけではありません。
という流れです。
難民申請をしている人の場合も、難民申請をしたというだけで当然に在留資格が与えられるわけではありません。難民として認定されず、ほかに日本へ在留できる資格もなく、退去強制手続の対象となれば、同じように収容の対象となる場合があります。
では「仮放免」とは何なのか
ここで出てくるのが「仮放免」です。「仮放免」と聞くと、「日本に住むことを、とりあえず認めてもらった」ように思うかもしれません。
しかし、そうではありません。仮放免で「放免」されるのは、日本からの退去ではなく、入管施設での収容です。収容令書や退去強制令書によって入管施設に収容されている人について、健康上、人道上その他これらに準ずる事情などを考慮し、収容を一時的に解除するのが仮放免です。
つまり、入管施設に収容されている→健康状態や家族関係などさまざまな事情を考慮→収容だけを一時的に解除する→入管施設の外で生活するという制度です。
ここで最も重要なのは、仮放免になっても「在留資格」が与えられるわけではないということです。「日本に住んでよい」と正式に許可されたわけでもありませんし、退去強制手続そのものがなくなったわけでもありません。
簡単にいえば、「日本への在留を正式に認められた人」ではない。しかし、「入管施設の中に収容されている人」でもない。その状態で地域社会の中で生活することになります。
出入国在留管理庁では、退去強制手続における 「仮放免制度」について、その仕組みや申請手続を案内しています。 現在は、収容せずに退去強制手続を進める「監理措置制度」が設けられており、 仮放免は健康上の理由など一定の場合に認められる制度として位置づけられています。 仮放免と在留資格の違いを理解するうえでも重要な公式資料です。
▶ 出入国在留管理庁「仮放免制度について」を見るなぜ、そんな中間的な状態が生まれるのか
ここが川口問題を考えるうえで重要です。退去強制の対象となったからといって、全員をすぐ母国へ送還できるとは限りません。
難民申請など別の手続が続いている場合もあれば、本人が出国に応じない場合、送還に必要な手続に時間がかかる場合などもあります。一方で、その間ずっと入管施設に収容し続けることについても、人権上・人道上の問題があります。
そこで収容をいったん解き、施設の外で生活させる仕組みとして仮放免が使われてきました。ただし、仮放免中だからといって通常の在留資格を持つ外国人と同じ状態になるわけではありません。原則として自由に働ける資格が与えられるわけではなく、住居や行動範囲、入管への出頭などについて条件が付されることもあります。
すると、在留資格はない、働くことも原則できない、しかし、収容施設の外で生活しているという非常に不安定な状態が生まれます。
当然、施設の外で生活すれば、家賃や食費が必要です。病気になれば医療も必要です。家族がいれば、子どもの教育も必要になります。これが数週間、数か月ではなく長期間続けば、本人だけの問題ではありません。生活相談、教育、医療、日本語支援など、さまざまな問題が実際に暮らしている自治体の現場に降りてきます。
「在留させると正式に決めたわけではない。しかし、地域社会では生活している」この制度上の立場と現実の生活とのギャップが、川口市など地域社会が抱えてきた問題の一つです。
現在は「監理措置」という新しい制度も始まっている
なお、現在は制度が少し変わっています。2024年6月10日に施行された改正入管法によって、「監理措置制度」が導入されました。これは、一定の場合に監理人の監理のもとで、最初から入管施設に収容せず、社会の中で生活しながら退去強制手続を進める仕組みです。
そのため現在は、「退去強制手続に入ったら、必ずいったん収容され、その後に仮放免される」という仕組みではありません。ただ、川口の問題が長年形成されてきた背景を理解するためには、従来の収容 → 仮放免 → 在留資格のないまま地域社会で生活という構造を理解しておくことが重要です。
仮放免とは、決して「日本への滞在を仮に許可する制度」ではありません。あくまで収容を一時的に解除する制度であり、在留資格そのものとは全く別のものです。
ここを押さえると、なぜ「在留資格がないのに、川口で長期間生活している人がいるのか」という疑問も理解しやすくなります。
「監理措置」は、監理人による監理のもと、 逃亡等を防止しながら、外国人を収容せずに社会内で生活することを認め、 退去強制手続を進める制度です。 令和5年改正入管法により、長期収容をできる限り回避する仕組みとして導入されました。 仮放免制度との違いを理解するうえでも重要な制度です。
▶ 出入国在留管理庁「監理措置制度について」を見る難民申請をすれば日本に滞在し続けられるのか?「特例期間」との違い
川口のクルド人問題を考えるうえで、まず整理しておきたいのが、「難民認定申請をすれば、そのまま日本に滞在し続けられる」という仕組みではないという点です。少し専門的は話になってしまいますが、ご了承ください。
例えば、「短期滞在90日」で来日した外国人が、その在留期間中に難民認定申請をしたとします。ここで重要なのは、難民認定申請と在留資格変更許可申請は別の手続であるということです。難民認定申請をしただけで、「短期滞在」の在留期間が自動的に延長されたり、2か月間の「特例期間」が与えられたりするわけではありません。
出入国在留管理庁では、難民認定等の申請中に日本で結果を待つ人について、別途、在留資格「特定活動(難民認定等申請者用)」への在留資格変更許可申請を行う仕組みを設けています。
つまり、手続としては、短期滞在で来日→ 難民認定申請→ 難民申請とは別に「特定活動」への在留資格変更許可申請→ 審査という流れが考えられます。
そして、ここで初めて「特例期間」が関係してきます。
特例期間とは、在留期間が満了するまでに在留資格変更許可申請や在留期間更新許可申請を行い、在留期限までに処分が出なかった場合、処分がされる時、または従前の在留期間満了日から2か月を経過する時のいずれか早い時まで、従前の在留資格で適法に在留できる制度です。
ただし、これは難民認定申請そのものに付く制度ではありません。例えば、「短期滞在90日」の人について、在留期限までに在留資格変更許可申請が受理されていれば、30日以下の在留期間を除外する入管法上のルールとの関係から、変更申請の審査中について特例期間が適用され得ます。
したがって、難民申請をした= 在留期限が延びるではなく、難民申請をした+ 在留資格変更許可申請をした→ その変更申請について特例期間が生じる場合がある
という整理になります。
逆に、難民認定申請だけを行い、在留資格変更等の手続をとらないまま「短期滞在」の在留期間が満了した場合には、難民申請中であるという理由だけで当然に適法な在留が続くわけではありません。
また、そもそも在留資格を持たない外国人が難民認定申請をする場合などには、これとは別に「仮滞在許可」という制度があります。仮滞在期間は原則6か月とされ、一定の場合には報酬を受ける活動が許可されることもあります。
このように、「特定活動」「特例期間」「仮滞在」「仮放免」は、それぞれ全く別の制度です。
そして、在留資格がなく退去強制手続の対象となり、収容された外国人について、健康上・人道上その他の事情から収容を一時的に解除する制度が「仮放免」です。仮放免は、在留資格を与える制度ではありません。
したがって、川口問題を理解する際にも、「難民申請をしたから仮放免になる」と一直線に考えるのではなく、
・どの在留資格で来日したのか
・難民申請後にどの在留手続を行ったのか
・在留資格を失ったのか
・退去強制手続に入ったのか
・収容されたのか
・その後に仮放免されたのか
という段階を分けて考える必要があります。
なぜ川口市が問題を抱えることになるのか
ここからが、川口問題の重要な部分です。外国人の入国を管理するのは国です。在留資格を審査するのも国です。難民認定を判断するのも国です。退去強制を行うのも国です。しかし、外国人が実際に生活するのは川口市などの自治体です。
子どもの教育。日本語支援。生活相談。医療の問題。ごみ出しや騒音など地域生活上の問題。そして、住民とのトラブル。こうした問題に最初に対応するのは、国ではなく地域の行政や住民です。
つまり、入国・在留の権限は国にあるのに、その結果として生じる問題は自治体の現場に降りてくるという構造があります。
実際に川口市は国へ改善を求めている
これは推測ではありません。川口市は2023年9月、法務大臣に対して「仮放免者の生活維持等に関する要望書」を提出しています。
そこでは、
☑不法行為を行う外国人には法に基づいて厳格に対処し、強制送還等を行うこと
☑仮放免者が最低限の生活を維持できるよう就労可能な制度を構築すること
☑健康保険などの行政サービスについて、国からの援助を含め国の責任で判断すること
などを求めています。
川口市は2023年9月、法務大臣に対して 「仮放免者の生活維持等に関する要望書」を提出しています。 要望書では、クルド人の仮放免者についても言及したうえで、 不法行為への厳格な対応、仮放免者の就労制度、 健康保険等の行政サービスについて国による対応を求めています。
▶ 川口市「仮放免者の生活維持等に関する要望書」を読む(PDF)非常に興味深い内容です。川口市は単純に、「外国人を追い出してほしい」とも、「外国人をもっと支援してほしい」とも言っていません。違法行為には厳格に対応してほしい。しかし、日本国内で生活させるのであれば、最低限生活できる制度について国が責任を持ってほしいという両方を求めています。
これこそ、川口市が抱えてきた問題をよく表していると思います。
川口市だけでは解決できない
川口市も、外国人の在留管理は法務省・出入国在留管理庁、不法行為の取締りは警察の権限であり、市だけで根本的に解決できることには限界があると説明しています。
逆にいえば、「川口市はなぜもっと取り締まらないのか」と言っても、市に退去強制を行う権限はありません。これは国の仕事です。
こうした国と自治体の「ねじれ」が長年続いてきたことも、川口問題を複雑にした一因だと考えられます。実際、2026年7月からは川口市の外国人対応相談窓口に出入国在留管理庁職員が常駐し、これまで市の権限外だった在留管理に関する相談にも対応する体制が始まりました。
国がようやく地域の現場に直接関与する形が始まったともいえます。
では「クルド人だから問題」なのか
ここも分けて考える必要があります。同じクルド人であっても、適法な在留資格を持っている人、難民申請中の人、仮放免中の人、退去強制手続中の人、日本で生まれ育った子ども、それぞれ法的な立場は違います。一部の人が犯罪や迷惑行為を行ったとしても、それをクルド人という民族全体の性質として扱うことは適切ではありません。
一方で、「差別につながるから」という理由で、実際に発生している犯罪や迷惑行為、制度上の問題まで議論できなくなってしまうのも違うと思います。
外国人であっても日本人であっても、ルールを守る人は守られ、ルールを破った人には法に基づいて対応する。本来は、それだけの話です。
「ほとんど出稼ぎ目的」とまでは言えるのか
もう一つ、慎重に考えたいのが、「川口のクルド人は、ほとんど出稼ぎ目的で難民申請している」という議論です。日本では、トルコ国籍者による難民申請が一定数あります。2025年の難民認定申請者全体は1万1,298人で、トルコは主要な申請国籍の一つです。
しかし、日本の難民統計は基本的に「国籍」で集計されています。トルコ国籍者の中から、クルド人だけを抽出し、さらに来日時点の目的が「出稼ぎ」だったのかを調査した統計ではありません。
したがって、「クルド人難民申請者のほとんどが最初から出稼ぎ目的だった」と公的統計に基づく事実として断定するのは難しいでしょう。
しかし、それとは別に、出入国在留管理庁自身が、就労や滞在などを目的とする難民制度の「濫用・誤用」を問題視し、制度を見直してきたことも事実です。
この二つを混同しないことが重要です。「クルド人のほとんどが偽装難民だ」と一括りにすることも適切ではない。しかし、「難民制度の濫用など存在しない」とすることも、実際の制度改正の経緯とは合いません。
2024年の改正入管法で何が変わったのか
こうした問題を受け、制度はすでに大きく変わっています。2024年6月10日に施行された改正入管法では、新たに「監理措置制度」が導入されました。これは、一定の場合に、監理人による監理のもと、収容しない状態で退去強制手続を進める仕組みです。従来の仮放免とは別の制度です。
さらに重要なのが、難民申請中の「送還停止効」の見直しです。現在は、3回目以降の難民・補完的保護申請者については、難民等と認定すべき相当な理由を示す資料を提出した場合などを除き、申請中であっても送還できる仕組みが導入されています。
実際、2025年には、この送還停止効の例外によって59人が送還され、そのうち52人は3回目以降の難民等認定申請者でした。つまり、「難民申請を繰り返していれば、いつまでも送還されない」という従来の問題については、制度上かなり大きな見直しが行われています。
難民審査そのものも速くなり始めている
難民審査についても変化があります。2025年の難民認定申請者は1万1,298人でしたが、同じ年に処理された難民認定申請は1万4,832人でした。前年から処理数は約77%増加しています。
つまり、国も審査の迅速化を進めています。これは重要なことです。本当に難民として保護すべき人であれば、何年間も不安定な状態に置かず、早く保護した方がよい。
逆に、難民には該当せず、他に日本へ在留できる理由もないのであれば、その判断についても早く確定させる必要があります。
問題は「外国人を受け入れるか、追い出すか」だけではない
川口問題を見ると、「外国人をもっと受け入れるべきだ」「外国人を追い出すべきだ」という二つの意見がぶつかりやすくなります。しかし、制度から見ると、少し違った問題が見えてきます。最も不安定なのは、在留を正式には認めない、働くことも認めない、しかし退去も完了しない、その状態で何年間も地域社会で生活するという状態です。
これは外国人本人にとっても安定した生活とはいえません。地域住民にとっても不安が残ります。自治体には教育、相談、医療などの問題が持ち込まれます。そして時間が経過するほど、日本で生活基盤が形成され、子どもも成長し、今度は送還自体に人道上の問題が生じやすくなります。
つまり、行政が結論を出さない時間そのものが、問題をさらに複雑にしていくのです。
川口のクルド人問題は「共生」だけでは解決できない
もちろん、日本で暮らす以上、外国人と地域社会との共生は重要です。
日本語教育。生活ルールの周知。地域住民との交流。外国人側にも日本の法律や生活ルールを守ってもらう。こうした取組は必要です。
しかし、その前提として、そもそも日本に在留することを認める人なのか、難民として保護する人なのか、退去してもらう人なのかという国の判断が必要です。
ここが決まっていない状態を自治体の「多文化共生施策」だけで解決することはできません。
「クルド人問題」ではなく「入管制度の問題」として見る
川口で起きている問題を見ていると、どうしても「クルド人」という言葉に注目が集まります。しかし、一歩引いて制度を見ると、別の姿が見えてきます。
難民制度を悪用する人がいるのであれば、制度として防ぐ。本当に迫害を受ける人であれば、迅速に保護する。日本で適法に暮らしている外国人には、安心して生活できる環境を整える。犯罪や迷惑行為には、国籍に関係なく厳格に対応する。そして、在留が認められない人については、適正な手続を保障したうえで、速やかに退去手続まで完結させる。ここまで一貫して初めて、入管行政は機能します。
川口のクルド人問題の本質は、「外国人と日本人は共生できるのか」という問題だけではありません。その前に、「日本に在留させるのか、保護するのか、退去させるのか」という国の入管行政上の判断を、いつまでも曖昧なままにしないこと。
そして、その判断が終わるまでに生じる生活上の問題を、特定の自治体だけに背負わせないことです。
まとめ
川口のクルド人問題は、民族間の対立としてだけ見ると、本質を見失います。短期滞在から難民申請すること自体は違法ではありません。本当に迫害を受ける人であれば、難民として保護されるべきです。
一方、日本ではこれまで、難民申請の長期化や再申請、送還停止効、仮放免などが重なり、在留資格がないにもかかわらず、長期間地域社会で生活する人が生まれてきました。
そして、その制度を管理しているのは国なのに、実際に生じる生活上の問題を受け止めてきたのは川口市などの自治体です。だからこそ必要なのは、「外国人に優しくするか、厳しくするか」という議論だけではありません。
保護すべき人は早く保護する。在留を認める人には安定した法的地位を与える。在留を認めない人については、適正な手続を経て退去まで完結させる。そして、その途中で発生する負担について、国が責任を持つ。こうした制度を作ることではないでしょうか。
多文化共生は重要です。しかし、「多文化共生」という言葉で、入管行政の未解決部分まで自治体や地域住民に引き受けさせることはできません。
入国、在留、難民認定、送還という基本的なルールをきちんと機能させる。その上で、適法に暮らす外国人と日本人が安心して生活できる地域社会を作る。
川口の問題は、日本の外国人政策全体に、その順序を改めて問いかけているのではないでしょうか。
出入国在留管理庁申請取次行政書士
稲福 正直


















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