介護職の賃金を継続的に上げていくためには、 介護報酬の引上げや一時的な補助金だけに頼るのではなく、 社会福祉法人そのものの経営基盤と生産性を強くしていく必要があります。 社会福祉法人の再編、株式会社との連携、AI・DXへの投資、 人材育成などを組み合わせ、「福祉を守るために経営を強くする」という発想が重要です。
介護職員100人の給与を月3万円引き上げるだけでも年間3,600万円、 200人なら年間7,200万円の原資が必要となり、 賞与や社会保険料の事業主負担まで含めれば法人負担はさらに大きくなります。 一方、介護事業は公定価格の制約を受けるため、 継続的な賃上げには、事業再編や共同調達、IT・DX、教育・採用の共同化などによって 福祉事業そのものの収支と生産性を改善していくことが必要です。
こんにちは。行政書士の稲福です。
最近、介護・福祉業界でも「事業再編」という言葉を耳にする機会が明らかに増えてきました。実際、当事務所のクライアントの社会福祉法人でも、事業承継や経営体制の見直し、事業譲渡などを通じて再編が進むケースが増えています。
介護にはすでに多くの株式会社が参入しており、さらに近年では、出版、不動産、教育、人材、ITなど異業種の経営資源を介護・高齢者市場に活用する動きもみられます。
たとえば小学館グループでも、関連会社の株式会社ウイーザスが介護付有料老人ホームを運営しています。ウイーザスは、テクノロジーを活用しながら、人にしかできない介護の価値を高めるという考え方を掲げています。つまり、「株式会社が介護に参入すること」自体は、すでに特別なことではありません。
一方で、特別養護老人ホームを見ると状況は大きく異なります。特養の大部分は社会福祉法人が運営しており、株式会社が直接その設置主体になることは認められていません。ここに、これからの福祉経営を考える重要な論点があると私は考えています。
介護業界がこれから直面する大きな課題の一つは、単なる「人手不足」ではありません。「どうやって介護職員の給料を継続的に上げられる経営をつくるのか」という問題です。「介護職は大変なのだから、もっと給料を上げるべきだ」これは当然の議論です。しかし、社会福祉法人や介護事業者の経営側からすれば、「その原資を毎年どこから生み出すのか」という問題があります。
介護サービスの多くは、介護報酬という公定価格の影響を強く受けます。一般企業であれば、人件費や原材料費が上がれば商品価格を見直したり、新規事業を始めたり、企業買収や事業投資によって新たな収益源をつくることができます。
社会福祉法人も利益を出すことはできますし、一定の公益事業や収益事業を行うことも認められています。しかし、株式会社のように外部から資本を調達し、複数の事業を展開しながら、グループ全体で資金や人材、IT、不動産などの経営資源を機動的に配分する仕組みとは大きく異なります。
だからこそ、これから考えるべきなのは「福祉か営利か」という単純な二者択一ではないのではないでしょうか。社会福祉法人が持つ公益性や地域福祉の役割を守りながら、株式会社が持つ資本力、事業開発力、IT、人材、教育、不動産などの経営資源をどう取り込んでいくのか。
そして、介護分野の中でも株式会社の参入が進んでいるサービスと、特養のように社会福祉法人を中心としているサービスの違いは、今後もそのままでよいのか。「福祉を持続させるために、経営を強くする」という視点から、制度そのものを考える時期に来ているのではないでしょうか。
今回は、社会福祉法人と株式会社の違い、介護職員の賃金が上がりにくい構造、福祉業界における事業再編、そして株式会社の経営力を福祉に取り込む可能性について考えてみたいと思います。
- なぜ介護職員の給料は上がりにくいのか
- 社会福祉法人は本当に「利益を出してはいけない」のか
- 株式会社が社会福祉法人をそのまま買収できない理由
- 福祉業界で進むM&A・事業承継とはどのようなものか
- 社会福祉法人と株式会社が連携するメリットと注意点
- 介護単体ではなく周辺事業を含めて収益力を高める考え方
- 株式会社ウイーザスのような民間企業による介護事業の可能性
- 中国太平にみる「保険・不動産・医療・介護」を組み合わせた高齢者ビジネス
- AI・介護DXと外国人材をどう組み合わせて人手不足に対応するのか
- 福祉を守るために、なぜ経営基盤の強化が必要なのか

- そもそも社会福祉法人は「利益を出してはいけない」のか
- 社会福祉法人には「株主」がいない
- では「社会福祉法人の再編」とは何なのか
- 株式会社が社会福祉法人の事業を譲り受けることはできるのか
- 医療法人社団の事業承継と社会福祉法人の再編は何が違うのか
- なぜ営利法人は介護事業単体でも収益性が高いのか
- なぜ株式会社の経営力と福祉を組み合わせる発想が重要なのか
- 「介護職の給料を上げればいい」は正しい。しかし……
- 福祉サービスだけに頼らない事業連携を考える
- 中国では大手保険会社が「介護」を成長事業にしている
- では、特養への株式会社参入も議論してよいのではないか
- 再編の目的は「利益を抜くこと」ではなく経営基盤を強くすること
- 介護はAIでも完全には置き換えにくい
- 外国人材を「安い労働力」にしてはいけない
- 「社会福祉法人か株式会社か」という二者択一ではない
- 社会福祉法人を株式会社が「買う」のではない
- これから必要なのは「福祉を守るための経営」
そもそも社会福祉法人は「利益を出してはいけない」のか
ここは誤解されやすいところです。社会福祉法人だからといって、利益を出してはいけないわけではありません。社会福祉法人は、本来の社会福祉事業に加えて、公益事業や収益事業を行うことができます。社会福祉法第26条も、社会福祉事業に支障がない範囲で収益事業を行うことを認めています。
ただし、株式会社の収益事業とは大きく性格が異なります。収益事業によって得た利益は、社会福祉事業や公益事業の経営に充てることが前提です。また、収益事業そのものが社会福祉事業を上回るような規模になることも想定されていません。厚生労働省の取扱いでも、収益事業は社会福祉事業に対して「従たる地位」にあることが求められています。
つまり、「利益を出せない」のではありません。より正確には、「利益をどこで生み、どのように使い、どこまで事業を拡大するかについて、株式会社より強い制約がある」ということです。
社会福祉法人には「株主」がいない
株式会社との最大の違いの一つがここです。株式会社には株式があります。会社を買収したければ、原則として株式を取得することで経営権を取得できます。
しかし、社会福祉法人には株式がありません。創業者であっても、理事長であっても、「この法人の60%を所有しています」という概念はありません。
出資持分もありません。剰余金を株主へ配当する仕組みもありません。解散した場合の残余財産も、株式会社の株主のように自由に分配できるものではありません。厚生労働省の2026年版マニュアルでも、社会福祉法人について「法人設立時等の寄附者の持分はなく、剰余金の配当もない」と整理されています。
だから、「株式会社が社会福祉法人の株式を100%取得する」という通常のM&Aは、そもそもできません。
では「社会福祉法人の再編」とは何なのか
一方で、福祉業界でも事業再編は進んでいます。厚生労働省は、社会福祉法人について、法人間連携合併・事業譲渡などを事業展開の方法として正式に整理しています。2026年3月には「合併・事業譲渡等マニュアル」も改訂されています。
厚生労働省は、社会福祉法人における法人間連携、合併、事業譲渡等について、 手続きや留意事項を整理した「合併・事業譲渡等マニュアル」を公表しています。 社会福祉法人の合併や事業譲渡を検討する際の基本的な資料となります。
▶ 厚生労働省「合併・事業譲渡等マニュアル」を読む(PDF)ただし、「合併」は社会福祉法人同士で行う制度です。社会福祉法上の吸収合併・新設合併について、厚生労働省も社会福祉法人間のみで認められていると明記しています。
一方、特定の事業については「事業譲渡」という方法があります。つまり実務上は、社会福祉法人そのものを株式会社が買うというより、事業・施設・運営資源をどの法人に承継させるのかという形で再編を考えることになります。
株式会社が社会福祉法人の事業を譲り受けることはできるのか
ここで重要なのが、社会福祉法人から株式会社への事業譲渡も、対象となる事業によっては可能だという点です。ただし、社会福祉法人が行っている事業であれば、すべて株式会社へ譲渡できるわけではありません。判断の基準となるのは、その事業を株式会社が法律上運営できるかどうかです。たとえば、訪問介護、通所介護、有料老人ホームなど、株式会社による運営が認められている介護サービスであれば、社会福祉法人から株式会社への事業譲渡を検討することができます。
一方、特別養護老人ホームのように、法律上、設置主体が社会福祉法人などに限定されている施設については、株式会社が事業を譲り受け、そのまま運営を継続することはできません。ここで注目したいのが、社会福祉法人と株式会社では、参入できる事業の範囲が異なるという点です。
社会福祉法人は、特別養護老人ホームを運営できるだけでなく、デイサービスや有料老人ホームなど、株式会社も参入できる介護サービスを運営することができます。これに対して株式会社は、デイサービスや有料老人ホームには参入できても、原則として特別養護老人ホームの設置主体にはなれません。
つまり、社会福祉法人のほうが、制度上、より広い範囲の介護事業を運営できる構造になっています。この「参入できる事業範囲の非対称性」は、今後の介護事業の再編や経営のあり方を考えるうえでも、一つの論点になるでしょう。そのため、事業譲渡を考える際に重要なのは、単純に「社会福祉法人から株式会社へ譲渡できるか」と考えるのではなく、「譲渡対象となる事業を、譲受側の株式会社が適法に運営できるか」という視点です。
また、事業譲渡は、社会福祉法人そのものを株式会社が承継する仕組みではありません。対象となる事業について、施設・設備・不動産、職員、利用者との契約などを整理し、それぞれ必要な手続を踏みながら承継していくことになります。介護事業者としての指定や施設に関する許認可についても、譲受側で改めて必要となる手続を確認しなければなりません。
したがって、社会福祉法人の事業再編を考える際には、社会福祉法人でなければ維持できない事業と、株式会社など他の法人へ承継できる事業を切り分けて考えることが重要になります。
医療法人社団の事業承継と社会福祉法人の再編は何が違うのか
ここで比較しておきたいのが、医療法人社団です。病院やクリニックの世界では「医療法人のM&A」という言葉が比較的一般的に使われています。そのため、「医療法人がM&Aできるのであれば、社会福祉法人も同じように売買できるのではないか」と思われるかもしれません。
しかし、両者は似ているようで、経営権を引き継ぐ仕組みがかなり違います。まず共通しているのは、医療法人社団にも社会福祉法人にも、株式会社のような「株式」はないということです。したがって、株式会社のように、「発行済株式の100%を取得して子会社にする」という買収方法は、どちらにもありません。
それでも医療法人社団では、実務上、法人格を残したまま経営主体を交代させる事業承継が行われています。
医療法人社団では「社員」が経営権の重要なカギになる
ここでいう「社員」は、病院で働いている職員のことではありません。医療法人社団における社員とは、株式会社でいえば株主総会に近い役割を持つ社員総会の構成員です。厚生労働省の医療施設の承継に関する調査研究でも、医療法人について、経営権の移転は社員の入退社によって行われると整理されています。
例えば、旧経営者側の社員が退社する→新しい経営側の人物が社員になる→社員総会を通じて理事を選任する→新しい理事会・理事長のもとで法人を運営するという形です。つまり、病院や診療所を開設している医療法人そのものを消滅させなくても、法人格を維持しながら実質的な経営主体を変更できるわけです。このため、医療法人については「法人譲渡」「M&A」という言葉が社会福祉法人よりも実態に近い場合があります。
厚生労働省の調査研究でも、医療機関の再編手法として「合併」「分割」「事業譲渡」だけでなく、法人譲渡を含めたM&A実務が取り上げられています。
「持分あり医療法人」ではさらに財産的な権利が存在する
医療法人社団には、さらに特殊な事情があります。古くから存在する医療法人社団の中には、出資持分の定めがある法人があります。これは株式会社の株式そのものではありませんが、出資者に一定の財産的権利が認められている法人です。
そのため、持分あり医療法人の承継では、経営権の承継と、出資持分という財産的権利の処理を組み合わせて検討するケースがあります。実際、厚生労働省の医療施設M&Aの事例でも、法人譲渡の際に理事長個人が対象医療法人の出資持分を買い取った事例が紹介されています。
ただし、ここで注意しなければならないのは、出資持分=経営権ではないということです。医療法人社団の経営権は、株式会社のように「株式を何%持っているか」で単純に決まるものではありません。
社員総会、社員の構成、理事の選任などを含めて経営体制を設計する必要があります。
医療法人には「合併」「分割」という制度もある
さらに医療法人については、法律上の再編制度も整備されています。医療法人同士では吸収合併・新設合併が可能で、社団たる医療法人の場合には原則として総社員の同意が必要です。また、都道府県知事の認可を受けなければ合併の効力は生じません。
医療法人には分割制度もあります。そのため医療法人の再編では、法人譲渡、事業譲渡、合併、分割など、複数の選択肢から案件に応じた方法を検討することになります。厚生労働省も、医療法人については経営の大規模化・協働化や事業承継を政策課題として位置づけています。
社会福祉法人には「社員の入替えによる経営権移転」という仕組みがない
一方、社会福祉法人はここが大きく異なります。社会福祉法人には、株主もいなければ、出資持分もなく、医療法人社団のような「社員」もいません。理事会と評議員会などによって法人を運営する仕組みです。したがって、「旧社員が退社して、新しい社員が入り、経営権を引き継ぐ」という医療法人社団で用いられる方法を、そのまま社会福祉法人に当てはめることはできません。
厚生労働省が社会福祉法人について正式に整理している事業展開の方法は、法人間連携、合併、事業譲渡等です。しかも社会福祉法上の合併は、社会福祉法人同士でしか認められていません。
つまり、株式会社が社会福祉法人を吸収合併して、「株式会社○○福祉グループ」にしてしまうことはできません。
同じ「非営利法人」でも、事業承継の考え方はかなり違う
整理すると、両者には次のような違いがあります。
| 比較項目 | 医療法人社団 | 社会福祉法人 |
|---|---|---|
| 法人の所有・持分 |
株式はない。 持分あり医療法人では、 出資持分という財産的権利が存在する。 |
株式も出資持分もない。 |
| 経営主体の変更 | 法人格を残しながら、 社員の入退社や役員変更などによって 経営主体を変更する方法が実務上存在する。 |
医療法人社団のような
社員制度はない。 法人そのものの経営権を売買するという考え方とは異なる。 |
| 主な再編方法 |
社員・役員の変更 出資持分の処理 合併 分割 事業譲渡 |
法人間連携 社会福祉法人同士の合併 事業譲渡 |
| 基本的な考え方 | 法人格を維持しながら、 経営主体を承継する という方法も取り得る。 | 事業や経営基盤を、 連携・合併・事業譲渡によって再編する という考え方が中心。 |
厚生労働省も2026年3月改訂のマニュアルで、社会福祉法人の事業展開について、経営基盤の強化、事業効率化、設備投資、人材確保、人材育成などを期待される効果として挙げています。
社会福祉法人では「誰が買うか」より「どう経営を強くするか」
この違いは、今回の記事のテーマにも直結します。医療法人社団では、「誰が法人の経営を引き継ぐのか」という事業承継の議論をしやすいです。一方、社会福祉法人の場合には、それ以上に、「どの法人と連携するのか」「どの事業を承継するのか」「どこを共同化するのか」「どうやって経営規模を大きくするのか」という議論が重要になります。
厚生労働省も、社会福祉法人の法人間連携について、人材確保や共同研修などを具体的な効果として挙げています。また、合併による本部機能・財務基盤の強化、資材調達のコスト削減、設備投資、人材育成なども想定しています。
つまり、社会福祉法人については、「法人をいくらで売るか」という発想より、「福祉サービスを残しながら、どう経営基盤を強くするか」という発想の方が制度の本質に近いです。私はここが、医療法人社団の事業承継と社会福祉法人の再編を考えるうえで、非常に重要な違いだと思います。
なぜ営利法人は介護事業単体でも収益性が高いのか
実は、同じ介護報酬制度の中でも、社会福祉法人と営利法人では収益性に大きな差があります。訪問介護では、営利法人の収支差率が10.8%であるのに対し、社会福祉法人は2.7%です。では、なぜここまで差が出るのでしょうか。
厚生労働省の調査を見ると、営利法人は1事業所あたりの訪問回数が月986.9回で、社会福祉法人の566.5回を大きく上回っています。また、職員1人あたりの訪問回数も、営利法人122.8回、社会福祉法人110.4回となっています。さらに、常勤換算1人あたりの給与費は、営利法人が約33.7万円、社会福祉法人が約37.1万円です。
つまり、営利法人は介護報酬そのものが高いわけではありません。むしろ、事業所規模が大きく、職員1人あたりの稼働量もやや高く、1人あたりの人件費を抑えることで、訪問1回あたりのコストを下げていることが収益性の差につながっています。
実際、訪問1回あたりの収入は社会福祉法人の方がわずかに高い一方、1回あたりの支出は営利法人の方が低くなっています。したがって、この差は「株式会社だから介護報酬が高い」という話ではなく、規模・稼働率・人員配置・人件費など、事業運営の構造の違いによって生じていると考えるのが適切です。
ただし、法人形態そのものが原因だと断定できる統計ではなく、地域や利用者構成、事業所規模などの違いも考慮する必要があります。
介護事業所に直接関連する収入が対象であり、 株式会社が別に行う不動産、人材紹介、コンサルティングなどの 別事業の収益は含まれていません。
※厚生労働省の統計では、株式会社等は 「営利法人」、 医療法人社団は単独ではなく 「医療法人」全体 として集計されています。
※「年間収入」は介護事業所の月額収入を12倍した年換算額です。
| 訪問介護 | 社会福祉法人 | 営利法人 | 差 |
|---|---|---|---|
| 1事業所あたり訪問回数 | 566.5回/月 | 986.9回/月 | 約1.7倍 |
| 常勤換算職員数 | 5.1人 | 8.0人 | 約1.6倍 |
| 職員1人あたり訪問回数 | 110.4回/月 | 122.8回/月 | 約11%多い |
| 訪問介護員1人あたり訪問回数 | 131.2回/月 | 145.4回/月 | 約11%多い |
| 常勤換算1人あたり給与費 | 約37.1万円 | 約33.7万円 | 約9%低い |
| 訪問1回あたり収入 | 3,920円 | 3,834円 | 営利法人の方が低い |
| 訪問1回あたり支出 | 3,813円 | 3,421円 | 約10%低い |
それでも収支差率に大きな差が出るのは、 営利法人の方が 1事業所あたりの事業規模が大きく、 職員1人あたりの稼働量もやや多く、 1人あたりの給与費や訪問1回あたりの支出が低い ためです。
つまり、収益性の違いは 介護報酬の違いではなく、規模・稼働率・人員配置・人件費などの 「事業運営の構造」の違い に表れていると考えられます。
通所介護でも、社会福祉法人1.2%、 医療法人1.4%に対し、 営利法人は10.0%となっています。
注目したいのは、 この数字に株式会社の不動産、人材、コンサルティングなどの 別事業の利益が含まれているわけではない という点です。
介護事業所単体でも、 事業所規模、稼働率、人員配置、人件費などによって 収益構造には大きな差 が生じています。
※年間収入は、厚生労働省公表の 「1施設・事業所当たり月額収入」を12倍して算出。
※「収支差率」は法人全体の営業利益率ではなく、 各介護サービス事業所の収入に対する「収入-支出」の割合です。
※営利法人には株式会社等が含まれます。 医療法人は医療法人社団だけを分離した集計ではありません。
※法人形態そのものが収益差の原因であることを示す統計ではありません。 地域、利用者構成、事業所規模、人員配置などの違いにも留意が必要です。
なぜ株式会社の経営力と福祉を組み合わせる発想が重要なのか
ここからが本題です。私は、今後の福祉業界では、社会福祉法人の公益性と、株式会社の経営力をどう組み合わせるかという発想が非常に重要になると思っています。
介護施設だけを経営している法人を考えてみます。主な収益源は介護サービスです。しかし介護サービスの価格は、一般企業の商品のように自由に設定できません。人件費が上がった。電気代が上がった。食材費が上がった。採用コストが上がった。だから来月からサービス料金を20%上げる。という経営は簡単にはできません。
その結果、売上を大きく増やす→利益を増やす→給料を大幅に上げるという一般企業では当たり前の成長モデルを描きにくい側面があります。
ここで重要なのは、介護報酬による価格の制約は、社会福祉法人だけの問題ではないということです。株式会社が運営する介護事業所でも、介護保険サービスについては国が定める介護報酬が基本となるため、人件費や光熱費が上がったからといって、自由に料金を引き上げることはできません。
では、株式会社との違いはどこにあるのでしょうか。大きいのは、介護事業以外も含めた経営の選択肢です。株式会社であれば、保険外サービスや高齢者住宅、人材、IT、不動産など周辺事業へ展開したり、M&Aや外部資本を活用したりすることで、収益源を広げることができます。
つまり、株式会社だから介護料金を自由に上げられるのではなく、同じ公定価格の制約を受けながらも、介護以外の収益や経営資源を組み合わせやすいという違いがあります。社会福祉法人の公益性を守りながら、こうした株式会社の経営力をどう取り込むか。そこが、これからの福祉経営の重要なテーマになるのではないでしょうか。
「介護職の給料を上げればいい」は正しい。しかし……
人手不足を解消するには、待遇改善は極めて重要です。介護職員の賃金を上げる。休日を増やす。教育制度を整える。キャリアアップの道をつくる。こうしたことを進めなければ、国内人材からも外国人材からも選ばれる産業にはなりません。
人材の定着を考えるのであれば、 日本人・外国人を問わず、 資格取得、教育、経験、役割の高度化に応じて 給与が上がっていくキャリア構造 をつくる必要があります。
また、特定技能外国人についても、 同等の業務に従事する日本人と 同等以上の報酬 とすることが制度上求められています。
※介護職員の資格別平均給与は、 基本給+手当+一時金(4~9月支給額の1/6)。
※2025年の全産業・介護職員の比較は 賃金構造基本統計調査による賞与込み給与。
※特定技能25万300円は全産業の 「月間きまって支給する現金給与額」であり、 他の数値とは統計上の定義が異なるため参考値として掲載。
しかし、「給料を上げるべきだ」という政策論だけでは、その原資の問題は解決しません。毎月3万円給与を上げるのであれば、職員100人で年間3,600万円です。200人なら年間7,200万円。賞与や社会保険料の事業主負担まで考えれば、実際に法人が負担する金額はさらに大きくなります。これを毎年継続して払わなければなりません。
必要なのは一時的な補助金だけではなく、毎年安定して賃金を支払える「稼ぐ力」です。
福祉サービスだけに頼らない事業連携を考える
そこで考えられるのが、社会福祉法人だけですべての事業を抱えるのではなく、株式会社など外部・関連法人の経営資源も活用する事業モデルです。
介護施設の周辺には、人材、教育、給食、配食、清掃、不動産、高齢者住宅、IT、介護DX、送迎、物販、外国人材教育など、多くの関連市場があります。これらの中には、社会福祉法人自身が行うよりも、株式会社として市場競争のなかで事業を展開した方が拡大しやすい分野もあります。
たとえば株式会社側が、IT、教育、給食、清掃などのサービスを社会福祉法人以外にも提供して収益を生み出し、そのノウハウやサービスを適正な契約に基づいて福祉現場にも提供する。社会福祉法人は、本来の福祉サービスと利用者支援に経営資源を集中させる。福祉法人の利益を株式会社へ移すのではなく、株式会社の経営力を使って福祉現場そのものの生産性を高める。このような役割分担には、大きな可能性があると思います。
ここで想定しているのは、株式会社側で生まれた利益を、そのまま社会福祉法人の介護職員の給与原資へ移すという仕組みではありません。たとえば、ITの導入、採用・教育の共通化、共同調達などによってコストを抑え、職員一人ひとりの生産性や施設運営の効率を高める。その結果として、社会福祉法人自身の収支を改善し、継続的な賃上げに使える余力を生み出すという考え方です。
つまり、株式会社との連携で目指すべきなのは「外から利益を入れること」ではなく、福祉事業そのものを持続的に賃上げできる経営体質へ変えていくことだと思います。
ただし当然ながら、社会福祉法人の財産や利益を株式会社へ不当に流出させることは許されません。社会福祉法人には特別の利益供与の禁止や利益相反に関する規律があり、厚生労働省のM&A・事業譲渡マニュアルでも、相手方との取引に際して公益性・非営利性を損なわないことを強く求めています。
だからこそ、「株式会社が福祉法人から利益を吸い上げる」のではなく、株式会社の経営能力を福祉事業の生産性向上に使うという設計が重要なのです。
中国では大手保険会社が「介護」を成長事業にしている
このような発想は、決して机上の空論ではありません。中国では、大手保険会社が高齢者住宅や介護・医療を単独の「福祉事業」としてではなく、保険、資産運用、不動産、医療、介護を組み合わせた一つの巨大な高齢者ビジネスとして展開しています。
その代表的な例の一つが、中国を代表する国有保険グループの中国太平保険集団です。中国太平は保険事業だけでなく、「保険+医療・健康・養老」という事業モデルを構築し、自社の高齢者向けコミュニティや提携施設を全国に展開しています。現在、同社の「楽享養老」ネットワークは60施設を超えています。
中国太平では、中国国内で高齢者向けの「医療・健康・養老」を組み合わせた 康養サービスを展開しています。 自社運営の康養コミュニティに加え、中国各地の提携施設をネットワーク化しており、 中国における大手企業の介護・高齢者ビジネスの展開事例として参考になります。
▶ 中国太平「医療・健康・養老サービス」を見る象徴的なのが、上海に開設した大型高齢者コミュニティ「太平小鎮・梧桐人家」です。中国太平が約40億元を投じて整備した旗艦プロジェクトで、約30万平方メートルの敷地・建物に、約3,500人の高齢者が生活できる大規模なCCRC(継続的ケア付き高齢者コミュニティ)となっています。健康な高齢者向けの住居だけでなく、リハビリ、介護、認知症・要介護者向けサービスなども一体的に提供する仕組みです。
ここで重要なのは、介護施設だけで採算を考えていないことです。中国太平にとって高齢者事業は、保険+資産運用+不動産+高齢者住宅+医療+介護+健康サービスをつなぐ事業です。保険の顧客が将来、高齢者コミュニティや医療・介護サービスを利用する。高齢者施設は保険商品の付加価値にもなり、保険契約は高齢者事業の顧客基盤にもなる。
つまり、介護そのものだけで利益を出そうとするのではなく、高齢者の人生全体を一つの市場として捉えているわけです。これは中国太平自身が掲げる「保険+医康養」の事業構想から読み取れる経営モデルです。この考え方は、日本の介護業界にとっても参考になると思います。
日本では介護事業というと、「介護報酬はいくらか」「一床当たりの売上はいくらか」「介護職員を何人配置するか」という、どうしても介護事業単体の採算で考えがちです。しかし高齢化によって生まれる市場は、介護だけではありません。
高齢者住宅、不動産、食事、移動、医療、保険、資産管理、相続、教育、IT、見守り、生活支援など、非常に広い市場があります。株式会社であれば、こうした周辺市場へ積極的に投資し、複数の事業から収益を生み出すことができます。そして、その経営基盤を介護事業にも投入する。介護単体で稼ぐのではなく、「高齢者産業全体」で稼ぎ、その中に介護を位置づける。中国太平のモデルから見えてくるのは、この発想です。
もちろん、日本の社会福祉法人制度と中国の企業制度はまったく異なるため、そのまま日本に持ち込めるわけではありません。しかし、日本でも社会福祉法人がすべてを単独で抱える必要はありません。社会福祉法人が福祉サービスを担い、株式会社が不動産、IT、教育、人材、給食、物流、高齢者住宅などを事業として展開する。それぞれを適正な契約とガバナンスのもとで連携させる。
社会福祉法人の公益性と、株式会社の「稼ぐ力」を組み合わせる。介護職員の賃金を継続的に上げていくためにも、私はこうした視点が今後ますます重要になると考えています。
では、特養への株式会社参入も議論してよいのではないか
中国太平のように、民間企業が資本力や事業開発力を活かして高齢者事業を大規模に展開している例を見ると、日本でももう一歩踏み込んだ議論があってよいと思います。その一つが、特別養護老人ホームについても、一定の条件のもとで株式会社による運営を認めるべきではないかという議論です。
現在、日本ではデイサービス、訪問介護、有料老人ホームなど多くの介護サービスに株式会社が参入しています。一方、特別養護老人ホームについては、株式会社が自由に設置・運営できる仕組みにはなっていません。
もちろん、特養は要介護者にとって長期間の「生活の場」であり、事業者が簡単に撤退すれば利用者への影響は極めて大きくなります。そのため、公益性や事業継続性を重視して運営主体を限定してきたことには理由があります。
しかし、介護人材の不足、施設の老朽化、物価や人件費の上昇、AI・DXへの投資負担などを考えると、「社会福祉法人だから安心、株式会社だから営利的」という法人格だけで線を引き続けることが最善なのかは、改めて議論してもよいのではないでしょうか。例えば、十分な財務基盤、長期の事業継続義務、撤退時の利用者保護、利益相反・関連会社取引の規制、職員配置やサービス品質について厳格な条件を設けたうえで、株式会社にも参入の余地を認めるという考え方です。
重要なのは、株式会社を参入させること自体ではありません。誰が運営するかではなく、誰が利用者を守り、職員に適切な賃金を払い、施設やITへ継続的に投資し、地域の介護サービスを長期的に維持できるのか。その視点から、特養の運営主体についても考えていく時期に来ているのではないでしょうか。
再編の目的は「利益を抜くこと」ではなく経営基盤を強くすること
厚生労働省自身も、社会福祉法人の合併や事業譲渡について否定的ではありません。むしろ2026年版のマニュアルでは、事業展開によって、
・経営基盤の強化
・事業効率化
・設備投資
・資材調達のコスト削減
・人材育成
・人材確保
・新しい福祉サービスの展開
などの効果が期待できると整理しています。これは非常に重要な変化だと思います。
福祉業界では長い間、「一つの法人が、一つの地域で、一つの施設を守る」という経営モデルが多く存在してきました。しかし、生産年齢人口が減り、採用できない。理事長の後継者がいない。施設が老朽化する。IT投資ができない。外国人材の採用ノウハウもない。という法人が増えていけば、単独経営を続けること自体がリスクになります。
その場合、統合や事業承継は「乗っ取り」ではありません。地域の福祉サービスを残すための経営手段になり得ます。厚生労働省も、事業譲渡について、事業継続が困難になった社会福祉事業を継続させる可能性を広げる効果を挙げています。
介護はAIでも完全には置き換えにくい
そして、この問題はこれまで書いてきた2040年の労働市場ともつながります。経済産業省の2040年推計では、生成AIやロボットの普及によって事務型の仕事は大きく効率化される可能性があります。
しかし、傾聴、他者の反応の理解、安全への責任などを伴う対人業務型職種については、職そのものの代替は起こりにくいとされています。介護はまさにその代表的な仕事です。
もちろん、見守りセンサー、介護記録AI、移乗支援機器、清掃ロボット、配膳システム、などによって業務は効率化できます。しかし、人の身体に触れ、状態を観察し、会話をし、異変を察知し、家族と向き合う仕事まで完全に無人化することは容易ではありません。
だからこそ介護では、人を減らすためのAIだけではなく、一人の職員がより高い生産性で働けるためのAIという考え方が重要になります。
外国人材を「安い労働力」にしてはいけない
ここは外国人政策とも直結します。介護人材が不足する。だから外国人を採用する。それだけでは長続きしません。日本人が集まらない待遇で外国人だけを大量に採用しても、いずれ外国人からも選ばれなくなります。
必要なのは、経営統合、事業再編、DX、AI・ロボット、共同購買、採用の共同化、教育の共同化、外国人材の育成・キャリアアップなどによって法人そのものの生産性を上げ、そこで生まれた余力を職員へ還元することだと思います。
外国人材の受入れは、低賃金構造を維持するための制度ではありません。むしろ外国人材を長期間雇用し、介護福祉士などへのキャリアアップを支援し、中核人材へ育てていくのであれば、日本人も外国人も含めて賃金を上げられる経営モデルが必要になります。
「社会福祉法人か株式会社か」という二者択一ではない
福祉の世界では、社会福祉法人は公益的、株式会社は営利目的という対立構造で語られがちです。しかし、本当に必要なのはどちらが正しいかという議論ではないと思います。
社会福祉法人には、公益性、継続性、地域福祉、利用者保護という大きな役割があります。一方、株式会社には、資本調達、M&A、新規事業、IT投資、事業多角化、意思決定のスピードといった強みがあります。
この二つを敵対させるのではなく、それぞれの強みをどう組み合わせるのか。ここに福祉経営の新しい可能性があるのではないでしょうか。
社会福祉法人を株式会社が「買う」のではない
したがって、「株式会社が社会福祉法人をM&Aする」という表現は、問題意識としては分かりやすいものの、法律上はそのままでは正確ではありません。社会福祉法人には株式も持分もないため、株式会社がその法人を100%取得して子会社にすることはできません。
実際に検討されるのは、
☑事業譲渡
☑経営支援
☑業務提携
☑周辺事業の共同化
☑人材・IT・不動産などの連携
といった方法です。
そして社会福祉法人同士であれば、法律上の合併制度もあります。厚生労働省は2026年現在、こうした法人間連携、合併、事業譲渡を社会福祉法人の経営基盤を強化する手段として位置づけています。
これから必要なのは「福祉を守るための経営」
介護職の賃金を上げたい。外国人材にも長く働いてもらいたい。AIやロボットにも投資したい。施設も改修したい。教育にもお金を使いたい。これらをすべて実現するためには、結局のところ経営基盤が必要です。「福祉だから利益を考えてはいけない」では、持続可能な福祉をつくることは難しくなります。
一方で、「利益が出れば何をしてもいい」でもありません。社会福祉法人に求められている公益性と非営利性を守りながら、民間企業の経営ノウハウ、資本、IT、人材、事業開発能力をどう取り込んでいくのか。
私は、これからの福祉業界では、「福祉か経営か」ではなく、「福祉を守るために経営を強くする」という発想が必要になると思います。介護職の給料を上げるという問題も、最終的にはここにつながります。
介護報酬の引上げだけを待つのではなく、福祉産業そのものが、人材に投資できる産業へ変わっていくこと。社会福祉法人の再編、株式会社との連携、AI・DX、そして外国人材の育成まで含めて考える時期に来ているのではないでしょうか。
出入国在留管理庁申請取次行政書士
稲福 正直



















コメント