こんにちは、行政書士の稲福です。
私たちに日本人にとって「技能実習制度」や「育成就労制度」という言葉は、最近ではすっかり身近なものになりました。そして、治安や人権、地域経済といった論点が重なる中で、議論が「良いか悪いか」という二択に整理されてしまうことも多いように感じます。
しかし、日々現場で企業や外国人本人と向き合っていると、もう少し中間的で、整理されていない現実があることを強く感じます。
本稿では、あくまで中立的な視点で、「外国人材を受け入れている現場」から見える事実を起点に、日本の労働市場と制度の課題を整理してみたいと思います。
日本の労働市場は、すでに外国人抜きでは回らない
2024年時点で、日本で働く外国人労働者は230万人を超え、過去最多となっています。これはもはや、建設業や介護業など一部の人手不足業界だけの話ではなく、日本社会や日本経済の成り立ちそのものに関わる水準に達していると言えるでしょう。
製造業、宿泊・飲食業、農業、漁業、介護、建設といった基幹産業の多くで、外国人材は補助的な存在ではなく、現場を支える中核的な担い手となっています。業種や地域を問わず、外国人材なしでは日々の業務が回らない職場は、確実に増え続けています。
特に現場で強く実感するのは、「若い働き手の多くが外国人である職場」が、もはや例外ではなくなっているという現実です。採用活動を行っても、日本人の応募がほとんど集まらず、結果として外国人材に頼らざるを得ないという構図は、地方だけでなく、都市部においても広く見られるようになりました。
仮にこの状況下で、感情的なスローガンとして「日本人ファースト」を掲げ、外国人材の受入れを急激に縮小するような政策を取れば、地方の一次産業は深刻な人手不足に直面し、都市部のサービス業もまた、事業の継続そのものが困難になるでしょう。これは「将来起こり得る懸念」ではなく、すでに現場が直面している現実的なリスクです。
外国人材の受入れは、理念や賛否で語るテーマではありません。日本社会の人口構造、労働市場の実態を踏まえた上で、構造的な事実として正面から向き合うべき課題なのです。
技能実習制度・育成就労制度の「評価の難しさ」
技能実習制度は長年にわたり、低賃金に陥りやすい構造、転職や職場変更の自由が大きく制限されている点、さらには失踪や不法就労、場合によっては犯罪につながるケースがあるなど、多くの問題点を指摘され続けてきました。
これらは、決して一部の例外的な事案ではなく、制度の構造そのものが生み出してきた課題であることは、行政・報道・実務の各方面で繰り返し議論されてきたところです。
こうした背景を受け、2024年の法改正により、技能実習制度は段階的に廃止され、新たに「育成就労制度」へと移行することが決まりました。この制度では、人材育成を名目としながらも、労働者としての位置づけをより明確にし、転籍の緩和や権利保護の強化が図られるとされています。
しかし、現場の声に耳を傾けると、「名称が変わっただけで、実際の運用はどこまで変わるのか」「書類や手続きが増えるだけではないか」といった、慎重かつ現実的な見方がすでに広がっているのも事実です。
一方で、行政書士として地方を回り、中小企業や個人事業者の経営者と向き合っていると、この制度がなければ事業そのものが成り立たないという切実な声に数多く接します。人口減少が進む地域においては、若年層の確保が難しく、技能実習生や外国人労働者が、現場の主力として不可欠な存在になっているケースも少なくありません。
つまり、制度には明確な課題が存在する一方で、制度がなくなった場合の影響もまた、極めて深刻なのです。
この「是正すべき問題点」と「現場が依存せざるを得ない現実」との間に生じる緊張関係こそが、技能実習制度、そして育成就労制度を巡る議論をこれほどまでに難しいものにしている最大の理由ではないでしょうか。
地方産業・物価・人権はトレードオフの関係にある
地方産業の維持、物価の安定、そして人権の尊重。
これらは本来、同時に実現されるべき価値ですが、外国人労働者の受入れ政策においては、現実にはトレードオフの関係に置かれているのが実情です。
仮に、外国人労働者に対して雇用の自由、居住の自由、転職の自由を日本人と同水準で全面的に保障した場合、何が起きるでしょうか。人手不足が深刻で、労働条件や賃金水準が相対的に低い地方や一次産業から、外国人労働者が流出することは、ほぼ確実です。
その結果として想定されるのは、
- 農業・漁業など、代替のきかない分野での担い手不足
- 地域産業の縮小、あるいは廃業
- 物流・加工・外食産業への波及
- 食料品、惣菜、外食価格の急激な上昇
といった、国民生活に直結する影響です。
しかし、特に地方では「賃金を上げたくても上げられない」「人がいなければ、そもそも事業が続かない」という事業者が少なくありません。この現実を無視したまま、理念としての人権論だけを前面に出せば、結果として地域経済そのものが立ち行かなくなる可能性があります。
だからといって、外国人労働者の人権を軽視してよい、という話でもありません。問題の本質は、「外国人の人権を守るか」「日本人の生活を守るか」という二者択一ではないという点にあります。
本当に問われているのは、
- どの水準まで人権を保障するのか
- どの範囲で移動や転職を認めるのか
- 地域や産業をどう支えるのか
という、バランスの取り方=政策設計です。
治安の安定、人権の尊重、国民経済・物価の安定。この三つを、完全な形で同時に満たす制度を設計することは、容易ではありません。だからこそ、感情論や理念論だけで結論を急ぐのではなく、現場で何が起きているのか、制度を変えたときに何が起き得るのかを冷静に見据えたうえで、現実に耐えうる制度設計を模索し続ける必要があるのではないでしょうか。
人手がいないと、食べ物の値段は何倍にも跳ね上がる?
「人手不足が深刻だ」と聞いても、それが自分の生活にどう影響するのか、実感しにくい方も多いかもしれません。しかし実は、人手不足は食べ物の値段に最も直接的に影響する要因の一つです。
例えば農業の現場では、収穫期に人が集まらなければ、畑に実った野菜がそのまま廃棄されることも珍しくありません。収穫できる量が減れば、市場に出回る量も減り、当然、価格は上がります。
漁業でも同様です。水揚げはできても、加工場や仕分けの人手が足りなければ出荷が遅れ、鮮度が落ちたり、流通量そのものが減少します。
さらに、食品加工や惣菜工場、外食産業では、人がいなければ「作れない」「提供できない」ため、営業時間の短縮やメニュー削減が起こります。限られた商品に需要が集中すれば、値上げせざるを得なくなります。
人件費の上昇、物流の停滞、廃棄ロスの増加。これらが積み重なることで、食料品・惣菜・外食の価格は連鎖的に上がっていくのです。
極端な話、人手不足が慢性化すれば、「今まで500円で買えていた食事が、数年後には何倍もの価格になる」という事態も、決して非現実的ではありません。つまり、労働力の不足は、一部の産業の問題ではなく、私たちの食卓と家計を直撃する問題なのです。
外国人労働者の受入れは、誰かのための制度ではなく、物価を安定させ、日常の暮らしを守るための社会インフラの一部として、捉え直す必要があるのではないでしょうか。
現場から見ると、「白か黒か」では語れない
実務の現場では、誠実に外国人材を受け入れ、法令を踏まえた適切な労務管理を行いながら、外国人本人の生活や将来にも配慮している企業が、数多く存在します。こうした企業は、決して目立つ存在ではありませんが、制度を支えているのは、まさにそのような現場の積み重ねです。
一方で、同じ制度のもとにありながら、制度の隙間や運用上の曖昧さを利用し、結果として外国人を不安定な立場に追い込んでしまうケースがあることも、残念ながら事実です。それは必ずしも悪意によるものばかりではなく、「分かっていなかった」「これまで問題にならなかった」という認識のまま行われている場合も少なくありません。
こうした現実を踏まえると、問題の所在は制度そのものだけにあるのではなく、運用・監督・支援の体制が十分に機能しているかどうかにあるケースが、非常に多いと感じます。
その意味で、今後本当に求められるのは、制度を大きく作り替えること以上に、地味ではあるものの、現実に即した改善を着実に積み重ねていくことではないでしょうか。
具体的には、まず受入企業に対する適切な指導と支援が欠かせません。単に違反を指摘するだけでなく、何が問題で、どう改善すればよいのかを実務レベルで示していくことが重要です。企業が萎縮するのではなく、「守れば続けられる」と実感できる仕組みが必要です。
同時に、外国人本人への情報提供と相談体制の充実も不可欠です。制度や権利について正確な情報が届かないままでは、不当な扱いを受けていても声を上げることができません。安心して相談できる窓口の存在は、制度の健全性を保つための基盤と言えます。
さらに、違反事例に対しては的確かつ迅速な是正が求められます。悪質なケースが放置されれば、
真面目に取り組む企業が不利益を被り、制度全体への信頼が損なわれてしまいます。
制度を機能させるとは、厳罰化や理念の強化だけを意味するものではありません。現場に寄り添いながら、守るべき線を明確にし、支えるべきところを支え、是正すべきところを是正する。そうした地道で現実的な改善の積み重ねこそが、外国人材と共生する社会への最短距離なのではないかと感じています。
「受け入れるか否か」ではなく、「どう設計するか」の段階へ
外国人材の受入れは、もはや「賛成か反対か」といった二項対立で語れるテーマではありません。現実として、日本社会の多くの現場は、すでに外国人労働者とともに動いています。農業、漁業、製造業、建設、介護、外食――そのどれを取っても、外国人材の存在抜きに語ることはできない段階に入っています。
これから私たちに問われるのは、受け入れるかどうかではなく、どのようなルールと支援のもとで、どのように共存していくのかという「設計」の問題です。理想だけを掲げ、現場の声を無視した制度は、長続きしません。
一方で、現状を追認するだけで、人権や生活の安定を後回しにするやり方も、いずれ社会全体の歪みとして跳ね返ってきます。必要なのは、極端な正解を求めることではなく、不完全であっても、現実を一歩ずつ改善していく選択肢を粘り強く積み重ねていくことではないでしょうか。
外国人材の受入れは、労働力の問題であると同時に、地域の持続性、産業の将来、そして社会の在り方そのものに直結するテーマです。制度を使う側、守る側、支える側が、それぞれの立場から責任を持ち、対話を重ねながら調整していく。その積み重ねの先にしか、持続可能な共生のかたちはありません。
外国人材の受入れを支援する立場として、私はこれからも、現場で起きている現実から目をそらさず、継続的にこの議論に関わり続けていきたいと考えています。
本稿が、そのための一つの思考材料となれば幸いです。
出入国在留管理局申請取次行政書士
稲福 正直









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